指定史跡(古墳)地の寄贈

当社は、県が昭和14年に第17号古墳に指定した所有地(436㎡)を昭和63年に延岡に寄贈しました。
この土地は古墳の他にも、野口雨情の詩碑や、西南戦争の和田越決戦史碑もある貴重な史跡です。
古墳の寄付は、延岡市では初めての事例となります。

昭和14年に県史跡に指定されているこの古墳は、4~5世紀頃のものと見られる円墳で、副葬品などが出土した記録がなく、被葬者も分かっていません。

この古墳のある敷地には、西南戦争の和田越決戦で敗れた薩摩の落人を偲んだ野口雨情の詩碑が建っております。
野口雨情は「船頭小唄」「七つの子」などの作詞者で知られており、たびたび延岡を訪れていたといわれています。
詩碑には「逢ひはせなんだかあの和田越で薩摩なまりの落人に」と刻まれています。

また、この詩碑のすぐ横には、西南の役の研究家として著名な香春建一氏が書いた「和田越決戦史跡」の碑も建っています。

フォトギャラリー

所在地の情報

場所: 宮崎県延岡市無鹿町
古墳: 第17号古墳(昭和14年指定)
※4~5世紀頃のものと推定
史跡: 野口雨情詩碑
和田越決戦史碑(香春建一)

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